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オレンジ革命 krasny khvost さんからの掲示板への投稿
私はユーシェンコ氏が勝った場合、現在比較的良好なウクライナのマイノリティ政策がどういう方向に変わるか気になっているところですが、

以下のハアレツの記事を読み、

http://www.haaretz.com/hasen/spages/507180.html

キエフ時代にはお世話になったユダヤ研究所のLeonid Finbergさんがユーシェンコ氏を手放しで支持している声を聞いて、この点については少し安心しました。
by cossack_ua | 2004-11-30 16:03 | ウクライナで思うこと
オレンジ革命!まんじろうさんからの投稿!
オレンジ革命のみなさまこんにちは。

ウクライナ現状
今日は、諸事が有りデモに参加できませんでした。さてさて、ここにきてウクライナ情勢は大きな山場を迎えています。というのは、ご存知のようにヤヌコーヴィッチ首相が、ルハンスクをはじめドネツクなど自分の支配下にある地域に出向いて、自治独立を提唱してしまいました。これは、ハリキフ州知事がさきに推し進めていたことで、ここにきて一気に緊張の度合いがたかまりました。なんとそこには、モスクワ市長のルシコフがやってきていました。昨日夜にこの件について、クチマ大統領への要求を読み上げたティモシェンコ氏の疲労と不安に満ちた声と表情がとても印象的でした。日ごろエネルギッシュそのものの彼女の姿とのギャップに異変察知した民衆も多いとおもいます。

東西対立という問題はついて回るのは確かなんですが、毎日新聞にみられるような、現場で何が起こっているのかを問題にせずに、第一に干渉はやめよという高尚なお題目をかかげているようでは、やはり遠いくのお話としか思ってないようだ。これについていいたいことは、Krasny khvost がすでにのべているのでおいておこう。

ルハンスク、ドネツク、ハリキフなどの地域はロシア人の移民がおおく、ほぼ日常聞かれるのはロシア語です。これらの地域はソ連時代の工業地域並びに炭坑のある地域です。この地域の独立をカードにしたことは、まさに最終兵器を持ち出したにひとしいのです。最終兵器とはロシアの軍事介入です。志村氏もかいていたように、ロシア人保護救出のためといって軍隊を送り込むのは、モルドバへの派兵などすでに実績があります。よく知られているところでは、アラブ人が居るから、あるいはアラブ語が話されているからと、民兵を含めてアラブ兵が送り込まれたアフガニスタンなど、軍事介入への常套手段です。
こうした動きは、多民族の集中するバルカン半島やヨーロッパ一部地域において非常に敏感な問題です。
当のヤヌコーヴィッチ氏はここにきてこんなことを口にしてしまい、首相の罷免は時間の問題となっています。また、ウクライナ軍は分離主義に反対の立場を表明しました。とうとう、軍隊が重い腰をあげそうな感じです。
ヤヌコーヴィッチ氏は、ボリスポリやヴァシリキフなどキエフ近隣の都市の首長とキエフ市長のところへわざわざ出向き、投票率が悪かったといって殴りつけたということです。最初本当かと思ったのですが、首長の夫人などから話がもれだしており、事実のようです。首相は、テレビではすでに罵詈雑言にあたる言葉を口にし始め、本性を現したと街では評判になっています。またクチマ大統領もテレビに映った表情にやつれがめだち、書類を受け取る手に震えがきています。

暴力の無い革命ということだったのですが、とうとう重傷者がルハンスクでててしまいました。29.11.2004 17:44:22の5チャンネルの記事ですが、
「ルハンスクで武装集団、ユーシェンコ派の集会参加者を襲撃。ヤヌコーヴィッチ派の縦隊がユーシェンコ派の所まで行き、群衆から分かれた30人の黒革のコートを着た武装した者が、ユーシェンコ派を取り囲んだ。そこには、出来事を報道するジャーナリストたちがいた。暴力集団は人々を押し囲み殴り始め、携帯電話、ビデオカメラとその他編集機器を奪った」ということです。そのなかで金づちで頭部をなぐられたカナダ人は手術の最中ということです。

11. Ukraine's Jewish community wonders: Is Vikto
by cossack_ua | 2004-11-30 15:55 | ウクライナで思うこと
オレンジ革命とロシア!
ロシアの動向がとても心配です。
ウクライナ国境に、ロシア人は戦車を集結させているかです。
過去に、ロシア人は、モルドバに対して、モルドバ国内にロシア民族保護を目的ロシア軍を送り込んだ。
今回もそれはありえます。
そうなったらウクライナはどうなるでしょうか?
by cossack_ua | 2004-11-30 05:11 | ウクライナで思うこと
オレンジ革命
日本の態度は、「中立」だそうです。
日本は、ウクライナに多額のODAを払っています。
それなのに何も言わない日本政府何を考えているのでしょうか?
ODAを払っている理由は「ウクライナの民主化」だそうです。
それならここで何らかのアクションを起こすべきだとおもうのですが?

この前、大使館の方とお会いする機会(先週の金曜日)がありました。
彼らもがんばっているそうです。
そのときのお話によると、NHKがぜんぜん報道しないので「モンク」言ったそうです。
私はウクライナにいるのでNHKの報道について知りませんが、国民から金とって「国営放送」のはずなのに、NHKは、海外に向かって「日本の悪口」ばかり報道しているのでは?

皆さんもご存知のように、「独立広場」に集まっているユーシエンコ派の民衆も、寒さと疲れでだんだん心がバラバラになってきています。
by cossack_ua | 2004-11-30 05:06 | ウクライナで思うこと
オレンジ革命!
連日学生たちとデモに参加し、現場でいろいろ見てきましたが、不思議なことがあります。
絶対に殴り合いなどが起こらないということです。
まず、ヤナコービッチ派の人たちがどんどん東ウクライナのヤナコービッチの本拠地からきていますが、ヤナコービッチを応援するために着たのではなく、キエフ観光するために来たみたいです。
彼らは一日10ドル前後もらっています。(キエフの中流家庭の平均給料はおよそ300ドル)しかも、交通費や宿泊地タダ!
タダでキエフ観光ができるわけです。
彼らは意図的に情報が与えられず、今のウクライナの現状を全く知りません。
逆に、キエフに来て、生の情報に触れ、その情報を伝えるために帰っていく人もたくさんいます。

志村
by cossack_ua | 2004-11-29 15:57 | ウクライナで思うこと
片岡さんからの情報
ウクライナについて キエフ・片岡浩史
ウクライナは、ヨーロッパとロシアに鋏まれた地である。帝国ロシア時代から続く支配によって、ウクライナという地域がロシアの一部と一緒にされがちであるが、そんな簡単なものではない。13世紀末にキエフ・ルーシの崩壊以後、ウクライナの地を管理していたのはコサックとよばれた人々であった。現在のロシアがモスクワ公国として国家基盤を固めるのが14世紀である。ボフダン・フメリニツキーがコサックを率いてウクライナ地を守っていが、ロシアの政治的奸計に引っ掛かり、以後ロシアの支配をうけだしたのは、17世紀の半ば以降のことである。現在でもロシアとは民族文化、言語、人々の気質などに、かなりはっきりとした相違がある。19世紀の近代ロシアの文化的発展に隠れ、ウクライナの文学や芸術、そして民俗は知られていないが、その数は勝るとも劣らないばかりか、内容は高踏なロシアのそれよりも民俗・土俗的側面がつよく、豊かな黒土地帯の名にふさわしいものである。文化はかなり旧い民俗と伝統を残しており、東スラヴの文化と中央ヨーロッパの文化を知る上で不可欠な地域である。まさに、ウクライナこそ東スラヴの民俗文化の中心地である。
こうしたウクライナの地はつねに歴史地理環境の問題から、まさに苦難と苦渋に満ちていた。ソ連時代の歴史はまさに「地獄」という文字がふさわしい。しかし、この上なく明るい、のんびりした民族性はヨーロッパをしてUnfinished businessの国と言わせたように、遅ればせながら自らの力でもって現代的な民主化への道を歩み出した。民主的な体制は、コサック時代にすでに有していた民族である。ウクライナだけが歴史上ヨーロッパ地域で他国に侵略を行ってない。さらに、いわゆる「王」をも持たなかった民族なのである。こよなく大地を愛し、自由を愛し、自主管理のコサックの伝統は、ようやく動き出したところなのである。

キエフの現状と不正の中身
2004年11月25日。ウクライナで事実上初めて行なわれた民主主義方式による大統領選挙が行なわれて2日である。先の選挙の直前では、ソ連時代を含め、一貫して大ロシア主義に抵抗しつづけてきた国士ともいえ、当時国会議員であったチョルノヴィルが、何者かにダンプカーに正面衝突されて殺害された。そのダンプカーにはナンバープレートも無く、運転手直後に行方しれずである。もちろんかれは大統領候補に挙がっていた。大統領選の候補者登録は、かれの死の直後に行なわれた。もちろんチョルノヴィルの対抗候補でそのときほぼ無風で当選したのは現大統領のクチマ氏である。その後クチマ氏と現在「当選」とされているヤヌコーヴィッチ現首相の不正を暴いていた記者ゴンガゼ(あるいはホンハゼ)が殺された。その直後アメリカが強力な制裁をウクライナに科したの記憶に新しい。
いまの私の家の前に、数十台の大型バスが止まっている。このバスに乗っている人々は、ドネツクなどからヤヌコーヴィッチの応援に駆り出された人々出ある。ここで、知っておくべきことは、かれらは金で雇われて、バスもあてがわれた人々である。反対に、ユーシェンコ派の人々の特徴として手弁当であるということである。また、ユーシェンコ派の人々がバスでキエフに駆けつけようとすると、県界で警察にはばまれて来れないという状況である。
「不正があった」とする記事は、沢山あるがではいったいどんな不正が実際おこなわれているのだろうか。あまりに馬鹿馬鹿しくて、書くのもはばかれる。アメリカとヨーロッパが、不正を「驚愕」、「ビックリ」、「深い当惑」と表現したのにはワケけがある。簡単に言えば、数十分で書いた文字が消えるペンが投票所に備え付けてある。投票箱の底が予めない。投票招待券にわざと役所のハンコが押してない。だから行っても偽物ということで投票させてもらえない。ひと家族にひとりだけの名前が投票招待券に書いてある。ドネツクなど東部では、在宅投票という名目で1軒1軒、寝たきりの人や、精神病院もまわって投票用紙がまわされた。だから極端に高い投票率と限りなく100パーセントに近いヤヌコーヴィッチ賛成票。なんと、ドゥニプロペトロースクでは、投票率が104パーセントだった!これが実際におこなわれたのである。 野党は在宅投票禁止法案をだしていたが、大統領選2日前にクチマ大統領によって署名を拒否された。
わたしの知り合いの人々数人は、今回有名になった選挙管理委員会のもとで働いていた。彼らが言う不正とは以下のようなものである。キエフ県のある1地区のユーシェンコ票は2000以上あり、ヤヌコーヴィッチは200票強であった。しかし、集計結果にはまったく逆に記載されたなどである。こんなものは極一部である。選管の委員長を任命したのはヤヌコーヴィッチ氏である。委員長はボクサー、軍隊、警察軍と人生体育会系一本の男である。最終結果発表の時、かれはロクに文字も読めなかったので、仲間からも苦笑をかっていた。 23日混乱の真っ最中にクチマ大統領はペテルブルクに足を運んだ。その間、ヤヌコーヴィッチ氏はロシアに軍事的な援助を私的に求めた。いまでは、なんとロシア・モスクワの特殊部隊スペツナズがウクライナの軍服に着替えて関係省庁に配置されている始末である。
民衆が怒り、泣きたくなるのもあたりまえである。零度15度にもなる雪の上でテントを張って、学校を休み、仕事を休み、夜を越し、昼間は歌をうたいながら行進する。ただただ彼らは我慢の日々である。悲しいかな日本語では「野党」と訳されてしまう人々。ユーラシア大陸の反対側のこの地域のことをもうすこしよく知り、注目することはこの人々に未来への希望と力になるはずである。
25 листопада 2004 року – на другий день після повідомлення офіційних результатів президентських виборів в Україні.
За вікном нашого будинку – багато автобусів привезли до Києва з Донецька та Дніпропетровська прибічників В.Януковича для підтримки його в столиці, адже тут їх явно не вистачає. Проте дуже важливий той факт, що людей, які підтримують опозицію, не привозять автобусами, їхні машини зупиняють, білети на автобуси чи поїзди не продають. Так, відомо декілька прикладів, коли студенти не змогли приїхати на лекції в університет через те, що їм відмовились продати білети. Проте саме цих людей у Києві зараз найбільше, саме вони зараз стоять на Майдані. І з вдячністю можна згадати київського мера Олександра Омельченка, який у вирішальну хвилину підтримав народ, відкривши двері Українського Дому та деяких інших публічних закладів для того, щоб ці люди мали змогу отримати їжу та притулок на ніч.
Сьогодні ми були на Майдані Незалежності – центрі Києва. Зі вчорашнього дня дуже похолодало, почалися морози, але люди стоять. Студенти Києво-Могилянської Академії влаштували чергування у наметовому містечку, я особисто знайома з деякими з них, і мушу визнати, що це дійсно вільні люди, яким не потрібне визнання Путіна і Лукашенка. Проте з посиленням холодів мітингуючі, які ще недавно дякували і відмовлялися від теплих речей та медикаментів, що приносили їм люди, звернулися до людей по допомогу. І можна точно сказати, що ці люди вже не підуть, як сподівається влада, “...їх уже не заспокоїш шматком хліба з маслом, вони чекають рішень.” (нар. депутат Плющ)
Зі слів працівників виборчої комісії (я не буду називати їхні імена), в одному з районів Києва за Віктора Ющенка проголосували 2 тис. чоловік, тоді як за кандидата від влади лише 200. І це не єдиний приклад. Як же вийшло, що з меншою кількістю голосів Янукович переміг! Завдяки тому, що представників опозиції не пускали на виборчі дільниці Донецьку? Чи тому що убили міліціонера, який захищав урни з бюлетенями? Чи, може, тому, що в Дніпропетровську раптом на другий тур виборів з’явилося 104% громадян? (про зникаючі чорнила у ручках в першому турі виборів виборці вже були поінформовані і запаслися своїми). В Україні відбулася просто безсоромна фальсифікація. І українці цієї “перемоги” ніколи не визнають. Зараз уже можна з впевненістю сказати, що нинішнє покоління України – це люди, які готові до демократії і хочуть демократії, люди, які хочуть іти вперед до співробітництва з Європою, а не назад до Малоросії чи УРСР. І свою позицію вони відстоюють мирно і толерантно.
Запитали в одного старого діда з просвітленими очима, що активно мітингував на Майдані: “Що ви будете робити, якщо на вас підуть зброєю? У вас є якісь плани щодо цього?” – “А навіщо? – відповів, – ми їх словом переможемо...”. Мабуть, віра у слово в українців у крові, передалася спадково від давніх русів та Кобзаря. І справді, вже є дуже багато прикладів, коли прибічники провладного кандидата переходили на бік опозиції тільки тому, що опозиція потисла їм руку, допомогла із їжею та медикаментами. Так, співачка Н.Могилевська в ефірі 5-го каналу заявила, що переходить на бік опозиції і “готова, навіть, віддати гроші, які отримала від концертів на підтримку Януковича.” Двоє членів музичної групи “Скрябін” офіційно перейшли на бік Віктора Ющенка, зізнавшись, що отримали гроші від Януковича (спрацював момент користі, “...адже все-таки, сім’я, діти..”), проте на виборчій дільниці віддали свій голос Ющенку.
Наразі Олександр Мороз, лідер Партії Соціалістів, що приєдналися до блоку Віктора Ющенка “Наша Україна”, пропонує зробити повторне голосування, не визнаючи оприлюднених результатів виборів.
Зараз опозиціонерів підтримали Оболонський районний відділ МВС, союз перукарів, ветерани Другої Світової війни, вже вчора ввечері не можна було додзвонитися на жодну організацію таксі – із помаранчевою атрибутикою вони стояли на Майдані Незалежності, відчинивши двері, щоб люди могли почути оприлюднені ЦВК результати виборів.
Після того як ЦВК фактично оголосила перемогу нинішнього прем’єр-міністра В.Януковича, багато українців просто плакали... Люди були вражені неповагою та повним ігноруванням головою ЦВК паном Ківаловим наполегливих криків “Ганьба!” у залі.
За деяким даними, які ми отримали від працівників Адміністрації Президента, відомо, що 23 листопада прем’єр-міністр В.Янукович звернувся за допомогою до Росії. З неофіційних джерел нам стало відомо, що почався великий приплив російських військових сил на територію України, що виходить за межі співробітництва і переростає у міжнародний конфлікт двох держав.
Україна робить крок до демократичного суспільства, і ми дуже просимо зараз всіх представників іноземних держав не залишатися байдужими і підтримати нас.
by cossack_ua | 2004-11-26 07:19 | ウクライナで思うこと
オレンジ革命!
中国とカザフスタンがヤナコービィチ政権を認めると公式に発表しました。
私は中国に真の民主化が訪れるのを願っております。

スパーアメリカンジョーク

選挙管理委員会の発表の後、ヤナコービィチは喜びの記者会見を開いた。

そこにアメリカ大使館から電話がはいった!

ヤ氏はアメリカからの喜びの電話と思ったのだろう。
大声で、「全国に電話を流せ!」と言った。(いいとも!風)

アメリカ大使は・・・

「あんたのこと認めんから!」(関西弁風英語で言ったと思う)

ヤ氏アゼン・・・ウクライナ人大喜び!
 
by cossack_ua | 2004-11-26 02:58 | ウクライナで思うこと
オレンジ革命!
ティモシエンコが「オレンジ革命」と命名! 
ポーランドもど大統領ワレンサが独立広場でポーランドの代表者としてユーシェンコ大統領を支持した。やはりポーランド闘志の影響力は絶大だ!独立広場に集まるユーシエンコ支持の民衆は減るどころかますます増えている。ヤナコービィチ側は、「ユーシエンコが民衆に一人10グリブナ(200円)払っている」と公式発表した。いくらお金がいるのだろうか?
 一方で、ヤナコービィチ派も独立広場のとなりヨーロッパ広場に集まっている。ユーシェンコの人々が、暖かい食事と衣類を与えたら、すぐにユーシェンコ派に転向!(ヤナコービッチのほうが金払っていると思う。)
 明日から大きな動きがありそうです!
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by cossack_ua | 2004-11-26 02:37 | ウクライナで思うこと
民主主義のために戦っているウクライナ人
皆さんもご存知だと思いますが、今日、大統領選挙の結果がでて「親露派のヤナコービッチ」が正式に大統領になりました。
 民衆の意思に反した大統領選挙は許されないと思います。
 今、ウクライナの民衆は立ち上がり、ロシアを背景とした巨大な権力と戦っております。ウクライナは帝政時代から今までロシアに支配され続けています。今回の民主主義運動は最後の独立のチャンスです。 
 民衆の怒りは頂点に達しております。ヤナコービッチがウクライナから出ていかな限り、ウクライナ人の「血」が流れます。
 選挙の結果が出たとき、ウクライナ人の学生たちは悔し涙をこらえ、いっそう民主主義、ユーシエンコのために団結を強めております。
 アメリカも、カナダも、世界の政府が「ユーシエンコ」と「民主主義」の運動を認めております。日本政府どうでしょうか?私は日本政府の公式な発表をまだ聞いたことがありません。私は、ウクライナで学んでいるただの留学生ですが、日本の皆様にもっともっとウクライナの現状を知ってもらいたくBLOGに投稿しております。
 
ウクライナの国民的な詩人「タラス・タラスシェフチエンコ」の詩

『遺言』
わたしが死んだら
なつかしい ウクライナの
ひろい丘の上に
うめてくれ
かぎりない畑と ドニェプルと
けわしい岸辺が 見られるように
しずまらぬ流れが 聞けるように

ドニェプルが ウクライナから
すべての敵の血潮を
青い海へ 押し流すとき
わたしは 畑も 山も
すべてを捨てよう
神のみなもとに かけのぼり
祈りもしよう だがいまは
神の ありかを知らない

私を埋めたら
くさりを切って 立ち上がれ
暴虐な 敵の血潮と ひきかえに
ウクライナの自由を
かちとってくれ
そしてわたしを 偉大な 自由な
あたらしい家族の ひとりとして
忘れないでくれ
by cossack_ua | 2004-11-25 03:49 | ウクライナで思うこと
民主主義のために戦っているウクライナ人
この記事は私の友人ウクライナ人の学生が書きました!
よこのリンクからもっと詳しい内容が読めます。

2004年11月21日、東欧のウクライナでは大統領選挙が行われた。大統領選挙の結果は明確に不正だ。100万人以上のウクライナ人は首都キエフで3日間にわたるデモを続けている。要求は一つだけ。大統領選挙の公正な結果を発表することだ。
民主主義という言葉をよく口にする日本人よ。民主主義のために戦っているウクライナの国民に注目してください!
【11月24日(水)/キエフ/サーシャ・コーピル】ウクライナは1991年に旧ソ連から独立した東欧の一国だ。ヨーロッパで面積の最も広い国で、人口は4800万人だ。ウクライナはヨーロッパとロシアの境目にあるため、ロシアから威圧されつつ、EU(欧州連合)への道を歩み続けている。今回の大統領選挙は第四回目になる。候補者は24人(!)だった。2004年10月31日に行われた大統領選挙で、2人の候補者が残った。ビクトル・ユシチェンコ候補(50)とビクトル・ヤヌコビッチ候補(54)だ。そして、2004年11月21日に第二次大統領選挙が行われた。ユシチェンコは10月31日の大統領選挙の優勝者、元中央銀行長、元首相、民主野党連合代表だ。ユシチェンコ氏の方針は経済成長を妨げる汚職などの要素を取り除き、国民所得を向上させることだ。
ヤヌコビッチ氏は汚職で有名なドネツク州の元州知事で、現役首相だ。ヤヌコビッチ氏はプチン大統領の最大の支持を受け、ウクライナをまず経済的に、後に政治的にもロシアの一部にしようとしている。つまり、ウクライナの国民のためではなく、ロシア帝国の復活のために一心に努力している。なお、問題になっているのはヤヌコビッチの政治方針だけでなく、同氏は強姦、汚職といった二つの前科のある大統領候補者だ(!)。そこで、ヤヌコビッチ氏は今の大統領クチマの暗黙の支持を背に首相の権限を乱用して、国家予算を自分の支持者に分け、警察幹部、中央選管、治安本部長、市町村長に指示を与え、手段を選ばず、大統領になろうとしている。
ヤヌコビッチ氏は選挙所委員に賄賂を与えたり、脅迫したりして最終的な結果を変えようとしている。例えば、ヤヌコビッチの支持者が最も多いと思われるドネツキ州では投票率は97%で、ヤヌコビッチの支持者は96%だ。同州で調査によると、ヤヌコビッチ氏の支持率sは64%だ。ミコラエフサカ州では体が不自由であるため、自宅で投票した州民は35%だ。ギャングが選挙所に乱入して、投票箱に火をつけたり、選挙監視者を追い出したりしても、警察官は見ているだけだ。首都キエフを除いて、地方では言論自由が形だけのものなっている。マスコミによる選挙の報道は全部検閲され、ヤヌコビッチ以外のニュースを報じない。
11月21日の大統領選挙の不正の数は全国でなんと一万一千件に登っている。中央選管は法律上、全ての(!)不正に一つ一つに対応しない限り、大統領選挙結果を公式に発表する権利がない。にもかかわらず、中央選管は不正を無視して、99,9%の結果を公開した。全欧安保協力機構(OSCE)選挙監視団、ブッシュ大統領の特使ルーガー米上院議員などの監視者は選挙の結果の見直しを求める。
西欧諸国の支援を受け、行われた出口調査の結果はユシェンコ氏は54%で、ヤヌコビッチ氏は43%だ。中央選管はヤヌコビッチ氏49.39%、ユーシェンコ氏46.71%と発表した。そこで、首都キエフの中心部では21日夜から現在に至るまでユシェンコ支持者の大規模な50万人を超えた集会が行われている。
首都キエフの「独立広場」でオレンジ色で自分をあらわすユシェンコ支持者が集まった。デモ参加者は増える一方で50万人を超えている。キエフの出入りが非常に困難になったにもかかわらず、次から次と地方から来たユシェンコ支持者の載っているバスが独立広場付近で人を降ろす。
23日(火)、デモする人は国会の前に移動し、緊急議会が行われた。与党議員、共産主義者が緊急議会を無視したため、中央選管への不信任の決議に必要な議員数が満たされず、閉会した。ユシェンコ氏は出席した192議員の前に大統領宣誓を行った。首都キエフを含めた六市議会はユシェンコ氏を新しい大統領として承認した。24日8時にデモ隊は何千人もの警察官が守る大統領官邸を囲み、ユシェンコ大統領を中に入らせようとしている。
ユシェンコ大統領はデモ隊と警察の衝突を避けようとしているが、緊張が高まっている。
今日はイラク人の血が流れている、今にもウクライナ人の血が流れそうだ。民主主義という言葉をよく口にする日本人よ。民主主義のために戦っているウクライナの国民に注目してください!
by cossack_ua | 2004-11-24 17:24 | ウクライナで思うこと
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